人の欠点は良く見える [キリスト教に関すること]
福音朗読 マタイによる福音書 7:1-5
(そのとき、イエスは使徒たちに言われた。)
「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。
あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。
あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、
なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。
兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、
どうして言えようか。
自分の目に丸太があるではないか。
偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。
そうすれば、はっきり見えるようになって、
兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」
上記は今日のミサで朗読される聖書の一部でです。
今朝のテレビで「マスク警察」なるものを放送していました。
マスクをしていない人に向かって
「コロナが流行ったのはお前のせいだ」などと
大声で侮ったり責めたりするする人を「マスク警察」と言うらしい。
今日の聖書の「人を裁く」というのは、
自分自身は社会の決まりごとをきちんと守り、
人に迷惑をかけずに正しく生きていると思い込み
人の過ちやあら捜しをする人のことを指している人だと思います。
「マスクをしていない」と大声でいうこと自体、
もしかしたら、注意した人がいくらマスクをしていても、
コロナウィルスを飛沫によって、ばらまいていることにならないでしょうか?
コロナ外出自粛要請などで、考えや気持ちが閉鎖的になり
普段ならば会社や友達と明るく過ごしていたのが、
内向的になり自分と人との相違を意識してしまう時もあるかもしれませんん。
その時に、人の欠点や批判する悪魔が忍び寄ってきて
普段は理性や常識が働き、
日常では起こりえないよいうな言動を起こさせます。
人の欠点は大きく見え、自分の欠点は全く見えなくなった時に
自分自身を正しく見つめ、
社会奉仕に役立つこと考えることが大事であると解釈しました。
自分の解釈や感想であり、キリスト教の教えを説くものではありません。
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