新篠津囚人墓地(続) [生きる]
一般の墓地には家族などがお参りに来ますが、真向いの囚人墓地はひっそりとしていて
お線香をあげる台も供花する器もありません。
4年間で120名の方が獄中しています。
遺族が掘り起こして遺骨を引き取ったらしい跡があります(赤の囲い)。
戒名彫刻してある墓石です
戒名がない墓石
戒名彫刻してある墓石です
見た限りでは最高齢が81歳、最も若い人は16歳でした。
生まれて最初の親からの贈り物は名前、
両親は考えに考えて与えた名前の一文字、
或いは子供が好きだった一文字を戒名に加えて墓石に彫り込んでいます。
殆どの囚人は政治犯、思想犯だったと聞いています。
その人たちの過酷な労作業により、荒れ地が開拓されて立派な街になりました。
戦争捕虜となりソ連兵によってシベリアに抑留、
厳寒と飢え、それに重労働に耐えながら亡くなっていった日本兵を思い出します。
約2時間6時半から8時半まで永遠の安らぎを願い祈りました。
お祈りが終わると下着が汗でビッショリでした。