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さっぽろ雪まつり 夕暮れの雪像 [祭り]

会場に入場して間もなく1時間半が経ち、雪像に灯が入りました


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お姉ちゃんが弟を橇に乗せて引っ張ています

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自分の心を悪で覆ってはいけません [キリスト教に関すること]

今日のミサで朗読される聖書の一部です。


マルコによる福音書 8:22-26
人々が一人の盲人をイエスのところに連れて来て、触れていただきたいと願った。

イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し、その目に唾をつけ、

両手をその人の上に置いて、「何か見えるか」とお尋ねになった。

すると、盲人は見えるようになって、言った。

「人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。」

そこで、イエスがもう一度両手をその目に当てられると、

よく見えてきていやされ、

何でもはっきり見えるようになった。

イエスは、「この村に入ってはいけない」と言って、その人を家に帰された。


盲人の目を「心の目」と置き換えてみました。

自分の欠点を見ないようにしたり、悪いことをしていても

「このぐらいはいいだろう」

などと自分で自分の心を見えないようにしてしまいます。

最初はうすぼんやりと悪いとだと認識していたが、

それが日常化してくると徐々に心の目は闇に包まれ、

自分が行っている欠点や悪態が周りの人からは、嫌がられるようになり

人々の中には注意したり、或いは叱り、忠告します。

その時には、「これではいけない」と心の目が開き、光が射してきます。

しかし、まだぼんやりとしか心の目は開いていないので、

再び自分に負けそうになるときに

心ある人々が忠告したりして心の目を開いてくれる時に、

前よりもはっきりと自分の心の目は開き、より一層闇の世界から解放されます。

その時に「自分自身が見えます」「自分のいたらなさがはっきり見えます」

という自覚されたならば、神様は小さな奇跡を起こされたことになります。


「この村に入ってはいけない」とは

せっかく「イエスは盲人の手を取って、村の外に連れ出し」たのです。

だから、心の目が見えなくなるような生活をしてはいけません。


悪友や悪い環境、甘い誘惑、権力横暴などに負けず

しっかりと心の目を開けて、毅然として義の態度で過ごしなさい。

と解釈しました。


自分の解釈や感想であり、キリスト教の教えを説くものではありません。


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