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沈黙ーモデルの墓碑 [映画・落語ほか]

キアラ神父の墓碑(沈黙ーサイレンス、主人公ロドリゴ神父のモデル)
カトリック作家、遠藤周作原作「沈黙」が著名な映画監督マーティン・スコセッシ氏に
よって映画化され、1月21日に全国ロードショーされました。
内容はご存知の通り切支丹弾圧物語、終始重苦しい場面が続きます。
「日本の切支丹への迫害・拷問は世界に類をみない」と言われるくらい残酷な場面が多く、
映画だと分かっていても「どうして、こうまでも人は残酷になれるのだろう」と
考えさせられます。

実在したロドリゴのモデル、イエズス会士ジュゼッペ・キアラ神父が、
行方不明になった師の消息と福音宣教のために密入国し捕まる。
信徒と自分の拷問に耐えられず、いわゆる棄教した後、日本で生涯を閉じるまでの物語です。
迫害時代に来日した司祭・修道士が多数棄教したも言われている。
それは信徒たちの命を救うため、また生きていれば布教ができるからですが、
真実は神様だけがご存知。
映画では、棺桶に収められたロドリゴ神父の合掌した手中に十字架がありました。

モデルとなったキアラ神父の墓碑が調布のサレジオ神学院にあります。
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キアラ神父墓碑
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「沈黙」のモデル キアラ神父
イエズス会士Giuseppe Chiaraは1602年イタリアのシチリア島で生まれ、
1643年鎖国中の日本に潜入し、捕らえられて江戸の切支丹屋敷(文京区小日向)に送られた。
穴吊の拷問に耐えられず棄教したといわれるが、実際には世を去った1685年8月24日
(貞享2年7月25日)まで42年間も幽閉され、「キリスト教要論」(現存せず)3冊著した
ことからみて、信仰に戻ったと思われる。彼に与えられた日本名は「岡本三右衛門」。
尊敬のしるしとして地位の高い戒名を与えられ、墓標に司祭帽が載せられた。
その墓は小石川無量院(現在の伝通院)にあったが、戦時中焼失した後、
雑司ヶ谷共同墓地に移された。
1943年サレジオ会員Tasshinari神父が墓石を発見、許可を得て練馬のサレジオ神学院に移し、
1950年調布神学院に移動した。
遠藤周作著「沈黙」の主人公ロドリゴのモデルとなったのは、このキアラ神父である。
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この墓碑は調布市の郷土遺産に指定されました。
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